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Author:懐かし屋
1963年群馬県に生れる。
懐かしいモノ全般・昭和の時代が持つ独特の雰囲気が好物。

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懐かし屋の思わず遠い目
ちょっとだけ懐かしいモノの昔語り。 記憶のままに書き綴り、気が付けば思わず遠い目。
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フランシーヌの場合
今年も三月三十日がやって来た。
毎年、この日になると思い出すのが新谷のり子の「フランシーヌの場合」

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この曲に歌われている「3月30日の日曜日」は西暦何年のことでしょうか?
答えは1969年。
この日、ベトナム戦争とビアフラの飢餓問題に抗議してパリで焼身自殺した女学生
フランシーヌ・ルコントの事を歌った曲だという。
なんだか洋楽のカバーっぽい曲だけど純国産だって。
リリースは同年の6月。
事件から僅か2カ月での発売ってことになるけど、当時は相当ショッキングな事件
としてニュースが伝えられたのかな?
フランシーヌへの思いを込めてこの曲が出来たんだろうねぇ。

1969年3月30日といえば、私は幼稚園に入る直前。
だから初めてこの曲を聴いたのは幼稚園の時だろう。
当然、フランシーヌの壮絶な背景など知る由もない。
この曲の「あまりにもお馬鹿さん」という変なフレーズと「3月30日の日曜日」と云う
やけに具体的な日付が子供ごころに印象的だったんだろうな。

♪あまりにーも お馬鹿さん

今でもフランシーヌの本当の気持ちは理解できないと思うけど毎年3月30日には
「フランシーヌの場合」を口ずさんでいる。



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くしゃみ
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クシャミ、鼻水、目のかゆみ・・・花粉症の人にはつらい季節だ。
ところで私の実家周辺の人々(家族・親戚・友人・知人)はクシャミをする時に
ハークション!バッキャロメー!!っていう。
ヘークション!コンチクショー!!っていう時もある。
全ての人がそうとは限らないが無意識のうちにクシャミの後に「罵る」言葉を付け足すケース
が多いのだ。
周りがそんなだから、それが当たり前のように私も子供の頃からこの変なクシャミをしてきた。
見よう見まねって訳ではなく無意識のうちに。
実は、これにはちゃんとした理由があって、クシャミを病厄の兆候とみなし、わざと忌み言葉を
付け足して病魔を打ち消そうとした呪(しゅ)の名残りなんだと云う。
そんなこと意識しているヒトは殆どいないが、言葉=言魂の意味合いが現代よりもずっと
重かった大昔から無意識のうちに受け継がれてきた習慣なのだろう。
以前どこかで聞いた話の引用だけど、これはなんとなく納得できる説明だと思った。

クシャミをした時の声の出し方って、人それぞれに特性があるようで私の大学時代の
友人某氏は「ヘリップシッ!!ドリップシッ!!」という変なクシャミをしていた。
初めて聞いた時はふざけているのかと思ったが本人にとってはごく自然なんだそうだ。
ずっと以前からこのクシャミを貫いているんだという。
私のヘークション!コンチクショー!!と同じようなものか?
多少聞き苦しいが、自分の部屋でやってる分には構わないと思いこの時は軽くスルーした。
別の日、繁華街を仲間数人と歩いている時にその友人が大声でこの変なクシャミを3回かました。

ヘリ~ップシッ!!ドリ~ップシッ!!ヘリ~ップシッ!!

少し離れたところにいた女子高生グループがこっちを見て大爆笑。
あの時は一緒に居た私まで恥ずかしくなった。
人の振り見てなんとやら・・
それ以来、私は人前に限りコンチクショー!!のオプションを封印した。
くだんの友人にも人前用の別バージョンを用意した方がいいと進言したのだが・・・
あれから20年、彼は今どんなクシャミをしているのだろう。


うどんの自販機
30年以上前になるだろうか、まだ地元にある自動販売機といえば飲料系とタバコしか無かった
頃のお話。町はずれの国道沿いにジュース以外の商品が出てくる珍しい自動販売機を何台も
設置した施設ができた。
なんていうんだろう? ・・・コインスナック??
とにかくそういうのが忽然とできたので学校で話題になった。

「うどんやハンバーガーも自動販売機から出てくるんだぜ」

新しいもの好きの同級生がいち早く偵察し学校で言いふらしたので好奇心の塊でできている
少年達はもー行きたくて仕方が無い。

(うどんが自動販売機から出てくる??どうやって出てくる??)
想像がどんどん膨らんでくる。

そんな訳で噂から数日後に仲の良い友人達と自転車をかっとばしてくだんのコインスナックへ
行ってみた。たしか「サンピット」とかいうもっともらしい名前がついていたが、今考えると
雨風が防げる程度の簡素な作りで10台程の自販機が並んでいるだけのシロモノだった。
しかし、当時の小学生の目から見れば珍しいものばかり。中でもうどんの自販機は主役級の
存在感だった。ハンバーガーの自販機も気になったが小遣いの少ない小学生はあれもこれもと
試すわけにはいかない。

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「どーするー??」
「やっぱうどんだよな~」
全会一致でうどんに決定。

いくらだったか忘れたが、コインを数枚放り込んで待つ事しばし、調理の進捗状況に合わせて
ランプが下りてくる。完成を示すランプが灯り、発泡スチロール製の容器にべちゃべちゃの
天ぷらを載せたうどんが出てきた。

「おお!!うどんだ!!!」
「うん・・・うどんだなぁ」

みんなの分が揃うのを待っていただきまーすの時間だ。
国道沿いの縁石に腰掛けてうどんをすする小学生・・・ヘンな光景。通り過ぎる車の人々も、
そう思ったかもしれないけど当時の俺達はお構いなしだった。
初めて自動販売機からうどんを買った、ただそれだけの事に満足していたから。

そのあと、あのコインスナックには行った記憶が無い。実は何回か行ったのかもしれないが
初回ほどのインパクトが無くて、記憶から抜け落ちただけなのかもしれないけど・・・
とにかく覚えが無い。
そして、いつの間にかこの施設は無くなっていた。
最近、こういう消えてしまった町の風景を画像記録として保存したいという衝動に駆られる。
誰かサンピットの写真を持ってないかな? 無理だろうなぁ・・・


南といえば・・
1972年4月~73年3月までの一年間放送されたウルトラマンA(エース)のヒロイン南夕子

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演じるのは星光子さん。
相方の「北斗星司」と共にリングでウルトラマンAに変身する。
ウルトラマンAは男女の合体によるヒーロー=性差を越えた完全な超人の誕生という力技の
コンセプトで企画された。
これって、かなり無理のある設定だったのではないだろうか?
当時、私は小学3年、まさにリアルタイム世代だったが、製作側が意図した一連の新機軸を
小学生の私がどれだけ理解していたかは甚だ怪しい。
やはり最初は女の人がヒーローに変身することにかなりの違和感を感じていたように思う。
それでも根が単純なので毎週見ているうちに徐々にその無理矢理な世界観に慣らされ
ストーリーにも惹き込まれていったけど・・・。

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往年のウルトラシリーズヒロインといえばウルトラセブンのアンヌが代表格だが当時マセガキ
だった私はこの影のある女性「南夕子」の方が好きだった。
ただし友達の前じゃ、なんとなく恥ずかしくって絶対にファン宣言なんかは出来なかったけど。
マセガキといっても当時の田舎の小学生は所詮こんなもんである。

さて、私は南夕子の持つ「影の部分」について少年時代から現在に至るまで長いこと
モヤモヤしたものを感じていた。
・・・なんであんなに暗かったんだろう?
最近ネット経由で知り得た情報でなんとなくだが理由の一端を理解出来たように思う。
実は他の女優さんが南夕子をやることになっていたのだがこの方がクランクイン直前に
怪我をして、急遽代役で抜擢されたのが星光子さんだったそうである。
その星さんの個人的なホームページに当時の回顧録が載っているがクランクイン直後は
「ウルトラシリーズの看板の重さ」や「代役の女優であること」などのプレッシャーから
精神的に追いつめられ、かなりナーバスになっていたようだ。
そうした気持ちを気丈にも跳ね除けようとして忙しいスケジュールで撮影が進む中、
必死に南夕子という役作りに取り組んだらしい。
もしかしたら女優:星光子さんの本来持つこうした生真面目な一面が期せずして影のある
ヒロイン=南夕子を作り出したのかもしれない。

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しかし彼女の努力にもかかわらず大人の事情で番組の3クールに入る段階でストーリーの
シンプル化が図られた。
盛り込み過ぎた要素が小学生には上手く伝わらなかったからだろう。
当然といえば当然だが。
南夕子は実は月星人であり冥王星に移住した仲間の元に旅立ち、残された北斗は一人で
ウルトラマンエースに変身するという絵に描いたようなご都合主義の路線変更である。

毎週、南隊員を楽しみに見ていた私にとってはまさに寝耳に水。
「え?え?」って感じのフェードアウトで大変ショックだった。
一点、彼女の持つイメージが月の静かなイメージと重なっていたことだけは不思議と
納得できたけど。

30年以上の時を隔てた昨年、南夕子が月の仲間と共に住んでいる筈の冥王星は太陽系の
惑星から矮惑星に格下げされた。
でも、そんな事はどうだっていい。
彼女は私にとって永遠のウルトラヒロインなのだから。


思えば遠くへ来たもんだ
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以前、麓町にある小さな駅の傍で見た夕日は妙に懐かしかった。
この時ふと思い出したのが、海援隊の名曲「思えば遠くへ来たもんだ」


****************************************************
踏切りの側に咲く コスモスの花ゆらして
貨物列車が走り過ぎる そして夕日に消えてゆく
十四の頃の僕はいつも 冷たいレールに耳をあて
レールの響き聞きながら遥かな旅路を夢見てた
****************************************************

それこそ十四の頃・・・
深夜放送を聴き始めた当時、毎週欠かさず聴いていたタモリのオールナイトニッポンで
一度だけレギュラーコーナーを全てとっぱらって、いつもの放送とは関係のない
ラジオドラマをやった事がある。
人気がうなぎ上りだった頃のタモリのオールナイトニッポン。
ラジオドラマをやる必然性など全く無く、オンエアの時は随分と不思議に思ったものだ。
だいぶ昔の話なので覚えている人はいないかもしれないけどその時のドラマが以前も書いた
博多っ子純情だった。
ラジオドラマなので声だけの出演だが主人公の郷六平を武田鉄也、親友の二人を
タモリと漫画原作者の長谷川法世さんが演じていた。

当時の私はこの作品を知らなかった。
ドラマは一時間ほどの内容だったが実に面白く、作中の登場人物が同世代という事もあって
物語に素直に共感した。
以降は夢中になって原作漫画を読み進め現在に至ってるのだけど博多っ子純情との最初の
出会いはこの時のラジオドラマだったなぁ・・と回想する。
このラジオドラマのテーマ曲として使われたのが海援隊の『思えば遠くへ来たもんだ』だった。
駅の傍で見た夕日にいろんな思い出がフラッシュバックした。


思えば遠くへ来たもんだ
ふるさと離れて25年目
思えば遠くへ来たもんだ
この先何処まで行くのやら


マイピュアレディ
お若い方はご存じないかもしれないが・・マイピュアレディ。

♪あ、気持ちが 動いてる たった今恋をしそう~

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30年くらい前の資生堂・春のキャンペーンでモデルは小林麻美。
ロングからショートに髪型をイメチェンした麻美サンが陸上競技場
のトラックを颯爽と走るシーンが印象的だった。
あのショートヘア、実はウィッグだったらしいね。

当時は街中の化粧品店のポスターが売約済になるほどの人気で
私もどこかの店でポスターを一枚譲って貰った記憶がある。
尾崎亜美の歌う同名のCMソングも大ヒットした。
このマイピュアレディの成功から化粧品のCMソング=大ヒット
という図式が生まれ、数多くの名曲が世に出ることになった気がする。
人によってはライバル社のクッキーフェイスで華々しくデビューした
夏目雅子の方が印象に残ってるらしいが、曲と映像のマッチングという
点ではマイピュアレディが勝っていたように思う。

件の資生堂といえば昨年、第一線の女優やモデルを何人も配した
『マキアージュ』や『TSUBAKI』のCMが話題になったけどインパクトは
当時のマイピュアレディの方が強かったなぁ。
今でも春になるとこのCMを思い出すわ・・・思わず遠い目。



眠れない夜と・・・
時々だけど無性にオフコースの気分になる時がある。
しかも、とびっきり古いやつ。
癒されるかどうかは分からないけど聴きたくなる。

http://www.toshiba-emi.co.jp/offcourse/disco/

試聴可能のページでちょこちょことつまみ食いを繰り返した。
この曲はどういう感じだっけ?
そんな風にお手軽に思い出しながら。
ガチャガチャとCDやカセットテープを探さなくてもいいなんて
便利な時代だな。

【ワインの匂い】の中の『幻想』
小田和正作詞 鈴木康弘作曲という珍しい取り合わせ。
この曲を一番熱心に聴いていたのは高校時代かな。
あの頃、自分の未来は明るいもんだと信じて疑わなかった。

♪同じ時代に生まれ いくつかの同じ季節を過ごして
 どれだけ多くの人に 裏切られてきたか
 傷つきあいながら 互いに何も出来なかったのは
 ただ照れていたから それだけじゃないだろう

【SONG IS LOVE】の中の『ひとりで生きてゆければ』
大学に行く為に上京した頃のことを思い出す。
希望と絶望と堕落を繰り返していただけの無為な日々だったのか
最近、この頃のことを再評価しようとしている自分に気付いている。

♪東京は たそがれて ほんの少しだけ優しく見える

【Three and Two】の中の『思いのままに』
このアルバムから正式に3名のメンバーが加わった。
この頃から詩にメッセージ性が強くなったような気がするけど
この路線が好きか嫌いかは評価の分かれるところかもなぁ・・。

♪君は君の歌うたえ 僕はこの思いを 調べに乗せて
♪誰にも僕の行く道を止められない  そうだろう 行かせて欲しい


toct-25635.jpg


あんちゃんか?
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http://www.youtube.com/watch?v=WVsVu9hEpPk

久々に笑った。
数あるドリフコントの中でも一番好きなシリーズ。
一番人気の志村も加藤も出ていないけど長さんの壊れっぷりが最高だ。
タイトルは思いっきりだけどいいなぁ。

それにしてもYoutubeには何でもあるなぁ・・・嬉しいわ。

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太田裕美
不思議と彼女の歌う曲には『僕』の一人称が多い。
また、それが良く似合う。

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ピアノの弾き語り曲「雨だれ」でデビューしたのが1974年だから、実際には
私よりも5~10歳くらい年長者がファンの中心層だったのではないだろうかと
思うけど、当時小学生だったワタクシも可愛い丸い顔と舌っ足らずの歌声と
少し寂しげな旋律とメランコリックな歌詞にガツ~ンと来てしまった。
デビューした頃の彼女は関東ローカルで夕方に放送されていた「ぎんざNOW!」
の水曜レギュラーだったので、水曜日の放課後は友達とも遊ばすダッシュで
家まで走り戻ってテレビにかじりついていた記憶が残っている。
今考えると嫌になるほどマセたガキだなぁ・・・。

デビュー前はスクールメイツに所属し、キャンディーズの4人目のメンバーに
名前が挙がっていたという逸話が残っているので、事務所としてもアイドル
路線で売りたかったのだろうか?
「たんぽぽ」「夕焼け」など初期の頃のシングルにはそんなカラーを感じる。
今とは違いシンガーソングライターとアイドルの線引きがハッキリしていた
時代に中間的で特異なポジションを浮遊していた彼女ではあるが、それが逆に
個性となり透明感のあるキャラクターとの相乗効果も相まって熱心な固定ファン
を獲得したのではないだろうか。
「こち亀」の作者として知られる秋本治氏もそんなファンの一人で、初期の
「こち亀」には度々太田裕美が登場する。
もちろん本人の了承を得て描いたんだろうけどマセガキにとってはそんな
エピソードのひとつひとつが嬉しかった。

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1975年12月にアルバム『心が風邪をひいた日』から「木綿のハンカチーフ」
がシングルカット。
これが、ご存知の通り大ヒットして太田裕美の代名詞となる。
こうして彼女が名実共にスター歌手の仲間入りを果たした時、マセガキは
意味も無く得意になっていたものだ・・・自分の手柄でもないのに。
曲調も、この頃から従来の歌謡曲路線とは一線を画して当時流行り始めた
ニューミュージックの路線に少しづつシフトしていったように思う。
私はその後も彼女を追いかけていたので当然覚えているが、この大ヒット曲
に続いた「赤いハイヒール」「最後の一葉」「しあわせ未満」「恋愛遊戯」などを
覚えている人は意外と少ない。
かろうじて「九月の雨」が出てくる人はいるけど、多くの人々にとって太田裕美
といえば今でも「木綿のハンカチーフ」なのである。
聴いて欲しいと思う素晴らしいな曲は他にも数多くあるので、ファンとしては
その辺りが複雑だ。

太田裕美オフィシャルサイト「水彩画の日々」





缶飲料たち
ファンタゴールデングレープとミスターピブは私が小学生の頃に市場に出回っていた
商品で双方共コカコーラ社のブランド。

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ファンタゴールデングレープ
それまでレギュラー商品だったファンタグレープに使ってはいけない着色料が入っていた
事が発覚して当時大きな問題になった。
そこでメーカー側は件の着色料を抜いたのだがブドウのイメージカラー(赤紫色)では
なくなってしまったので苦肉の策でネーミング変更したといういわく付きの商品。
そんな誕生の経緯だったので、とりあえず話題性はあった。
その後グレープは紫色を安全に出す(?)技術が開発され現在に至るファンタシリーズの
柱として復活。

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ミスターピブ
味はドクターペッパーに近かったように記憶している。
いわゆるチェリーフレーバー系飲料の類で米国ではポピュラーなテイストだそうだが
我が国では癖が強すぎたのか馴染まなかった。
私は一回だけ飲んだ記憶があるが「うへぇ」という味だった。
後述するサスケやドクターペッパーは決して嫌いではなかったので小学生の私には
些か早過ぎた味だったのだろう。
商品としての寿命も短く、幻のコカコーラ社製品である

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SASUKE=冒険活劇飲料。
1984年にサントリーから発売される。
私が18~20歳くらいの時に市場に出回っていた。
ジャンル的にはDrペッパーやピブと同様にチェリー系フレーバー飲料に属する。
この商品に関わった人々がソラ恐ろしい顔ぶれだったというエピソードは伝説になってる。
CMの演出:川崎徹、コピー:糸井重里、音楽:坂本隆一、パッケージデザイン:横尾忠則
豪華スタッフの割には製品自体の評判がイマイチで、すぐに消えた。







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