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Author:懐かし屋
1963年群馬県に生れる。
懐かしいモノ全般・昭和の時代が持つ独特の雰囲気が好物。

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懐かし屋の思わず遠い目
ちょっとだけ懐かしいモノの昔語り。 記憶のままに書き綴り、気が付けば思わず遠い目。
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寺内貫太郎一家
暇さえあればYoutubeの検索機能を使ってでいろいろな動画を見て回っている。
懐かしモノのキーワードを片っ端から入れて見ているうちに出てきたのが
この『寺内貫太郎一家』のオープニング。
出演者のイラストが次々と出てくるやつだ。



懐かしいなぁ
ん十年前の中学時代、水曜日の晩は必ずコレを見ていわ。

久々に見ながら、この貫太郎のイラストは迫力があっていいなぁ・・・
いつかプロフ画像に使おう・・・などと唐突に思い立ち、さっそく作業に取り掛かる。
いやはや、せっかちな暇人なのだ。

さてさて、そうこうしてる間に貫太郎のカットがいっちょ上がり!
しかし、他のメンバーも捨てがたいなぁ・・
とりあえず名脇役の由利徹と伴淳は外せまい。
同じ作業の繰り返しになるが作っておこう。

どれどれ・・・
こうやって昭和のオヤジイラストを三枚並べてみると・・・

kantaro.jpg
yuri.jpg
banjun.jpg


ううむ!壮観なり!!

頑固かどうかは置いといて、この平成の御世はこういった愛すべき尖がった
キャラのオヤジ達が少なくなったと思う。
プライドはともかく実際のところ平々凡々、平均点の事なかれ主義。
タテマエと自己保全しか考えていない大人たち。
・・・えらそうに書いているが私も既にその一人なのだな、と何やら
自嘲混じりに本日の日記を閉じるとしよう。


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飛梅
♪心字池にかかる三つの赤い橋は
 一つ目が過去で二つ目が今

当たり前の事だけど、過去の積み重ねの上に現在がある。
でも、時として過去の一点が一足飛びで現在と結びつく事があってそんな偶然をとても楽しく思う。


♪三つ目の橋で君が転びそうになった時
 初めて君の手に触れた僕の指


ちょうど一年前、家族で巡る九州旅行を計画している時のことだ。
旅行前は行き先の事をいろいろと調べるのが楽しい。
インターネットやガイドブックを暇さえあれば眺めていた。


♪手を合わせた後で君は御籤を引いて
 大吉が出るまでとも一度引き直したね


大宰府に関して調べている時に無意識にくちずさんでしまったのがさだまさしの飛梅。
「ん? それ何の歌??」
傍にいた子供が言った。
今、夢中で読んでいる漫画「ブリーチ」に「飛梅」というキーワードが出てくるので
それに反応したようだ。
昔の歌だよ、と教えたら本物を聴きたいという。
そう言われてもうちには「さだまさし」のCDなんて一枚も無い。
たぶんカセットテープもない。
でも聴かせてあげたい親心。
「飛梅」はたしか「風見鶏」に入ってるんだよなぁ
よし!父ちゃんが見つけてきてやるよ、と安請け合いをしてしまった。


♪上り詰めたら後は下るしかないと
 下るしかないと気付かなかった
 天神様の細道


ところが今日び、どこのCDレンタルショップを探してみてもさだまさしの風見鶏なんて一枚もない。
あーなんであん時、関白宣言とかお手軽なのを歌わなかったのかなぁ
でも関白宣言じゃヤツのデビルイヤーはスルーしたろうな。
しょうもないことを考えつつ、面倒だからアマゾンで買っちゃえってことになった。


♪裏庭を抜けてお石の茶屋に寄って
 君がひとつ僕が半分梅ケ枝餅を食べた
 来年も二人で来れるといいのにねと
 僕の声に君は答えられなかった


数日後アマゾンからブツが届いた。
成り行きとはいえここ数日ずっと探していたので変に嬉しい。
懐かしい一枚がやっと手に入ったって感じ。
つくづく便利な時代だと思う。


♪時間という樹の思い出という落ち葉を
 拾い集めるのに夢中だったね君


さっそくCDプレイヤーにかけてみる。
今回に関しては一曲目の「最終案内」2曲目「つゆのあとさき」はイントロダクションみたいなもんだ。
しかし懐かしいな・・この2曲も。
3曲目はお待ちかねの「飛梅」
曲の解説が付いた歌詞カードを見ながら熱心に聴いている子供。


♪あなたがもしも遠くへ行ってしまったら
 私も一夜で飛んでゆくと云った
 忘れたのかい飛梅


曲が終わり、少し興奮したように子供が言った。
「うーん!何でヒナモリのザンパクトウの名前がトビウメなのかが良く分かったよ」
「そうかぁ?」
「アイゼンを慕うヒナモリの気持ちは飛梅といっしょだよ
 だからアイゼンは菅原道真がモデルなんだね・・・ そういえば知的キャラだしアイゼン」
ブリーチを読んだこと無い人にはちょっと意味不明かもしれないが数ヶ月前から子供のを
借りて読んでいる私には彼女の言わんとすることが良く分かった。
(正解だよ・・・きっと。)

子供の言うことを聞きながら私は別のことを思い出していた。
この「風見鶏」、中学時代に同級生にLPを借りて録音した事がある。
誰に借りたのか忘れてしまったが、たぶん女の子だったろう。
あの頃、私の周りには、LPを買うほど「さだまさし」が好きだった男子はいなかったからだ。
断言していいのかな??
たぶんそうだと思う。
反対に殆どの女子はこの歌手が好きだったのではないだろうか?
たぶんそうだと思う。
つくづく懐かしい時代だ。
そういえば当時、旧友が「さだまさしは出っ歯である」との問題発言をして一部の女子から
総スカンを食らったエピソードまで思い出した。
「くっくっっ・・・!」
ひとり思い出し笑いをする私を不思議そうな顔をして子供が見ている。


♪あの日と同じように 今 鳩が舞う
 東風吹けば 東風吹かば君は
 何処かで思い起こしてくれるだろうか
 大宰府は春 いずれにしても春

歌詞と季節は違うが懐かしい思い出を遡行するエピソードだった。

220052228_111.jpg



ローラーゲーム
その昔、日米対抗ローラーゲームというTV番組があった。
多分、テレビ東京系(当時は東京12チャンネル)で実況は土居まさる
だったと思う。
日本のチーム「東京ボンバーズ」がヒールの米国チーム群と闘うという
筋書きのあるゲームで人気が高かった。

oldbumbers1.jpg


ローラーゲームは本場アメリカではローラーダービーと言われている
エンターテーメント性の高いスポーツだ。
完全なチーム戦であり、現在のショートトラックリンクくらいのサイズの
ところを敵味方双方5人づつの選手がガラガラと回る。
オフェンス側のチームは半周遅れでスタートし、ポイントゲッターが
敵チームの選手を一人抜く毎にポイント加算されるというルール。
ディフェンスサイドはそれを殴る蹴る引きずり倒すの荒業で防ぐ。
オフェンスの他のメンバーはその妨害を更に防ぎながらポイント
ゲッターを加速させる為にホイップという技で前に投げてやる連携
プレイも魅力だった。
足を使ったレッグホイップは大柄な河野選手の得意技だったなぁ。
このように大変にバイオレンスでエキサイティングなゲームだが
反則に対しては一応ペナルティもあり、トラックの中の変な囲い
(ペナルティボックスとか言ってた)に一定時間入っていなければ
ならなかった。

敵チームのマネージャーが絵に描いたような悪役で、思いっきり反則の
妨害工作をボンバーズの選手に対して堂々と行う。
選手じゃないのでペナルティの対象外だったのかな?
細かいところは良く憶えていないけど、非道な反則に耐えに耐えた
東京ボンバーズが最後には勝ち、件の悪役ジャーマネもコテンパンに
されるというお決まりのシナリオ。
ちょっと考えれば「ありえない」と分かりそうなものだが、それも水戸黄門
のラストで観る予定調和のように小気味良くて、毎回興奮してテレビに
釘付けになってた。
そう、あれは小学校時代だったなぁ・・・

一度だけローラーゲームが興行で前橋市にやって来た。
この時、運良く東京ボンバーズの活躍を生で見ることが出来たのだが
いやはや興奮したなぁ・・・
ミッキー角田が相手をかわしながらリンクサイドのフェンスに華麗に
飛び乗ったシーンは未だに強く目に焼きついているよ。
友人と「レッゴー!ミッキー!!」と狂ったように叫び続けた。
あの時の敵チームはフィラデルフィアなんとかいうところだったが
こっちはまるで記憶に無い(笑)

33bc8884-s.jpg


ミッキー角田
リッキー遠藤
ボビー加藤
河野和夫
佐々木ヨーコ

少年達の憧れだった当時のスター選手たち。
今はどこで何をやってるんだろう?


モノクロ
思い出はカラーだろうか?
モノクロだろうか?

先日放送されたNHKアーカイブスでゲストの石坂浩二さんがこんな
事を言っていた。
石坂さんの思い出の多くはモノクロなのだという。

私は・・・う~ん?? どうだろうか・・・
カラーのシーンもあればモノクロのシーンも確かにある。
セピア色の思い出とかもよく言うよなぁ・・・

モノクロ?
カラー?
セピア色?

元来、モノクロなんて概念は写真技術が開発されてから生まれたもの
だろうから、本当に記憶だけに頼る思い出は全てカラーであると考える
方が自然だろう。
ところが、人間の記憶なんてものは甚だあやふやで己が脳みそ単体
では思い出の何分の一も再現できまい、と思う。
そこで当時の写真やテレビや映画といったモノを触媒にして思い出の
風呂敷を広げるのだろう。
しかし、その触媒たる写真などがモノクロだと引き出された思い出も
それにつられてモノクロになるって感じだろうか?

たぶん、そうなんだろうなぁ・・・

ところで今の子供たちの思い出ってカラーなんだろうか?
石坂浩二さんも同様のことを言っていた。

先に述べたような理屈なら現在は写真もビデオも全てがカラーなので
思い出だって総天然色と考える方が普通だろうなぁ
私は分からないが今度、子供に訊いて見ようと思う。

皆さんの思い出はカラーだろうか?
モノクロだろうか?

haikou.jpg


テーマ:雑記 - ジャンル:サブカル



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