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Author:懐かし屋
1963年群馬県に生れる。
懐かしいモノ全般・昭和の時代が持つ独特の雰囲気が好物。

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懐かし屋の思わず遠い目
ちょっとだけ懐かしいモノの昔語り。 記憶のままに書き綴り、気が付けば思わず遠い目。
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太田裕美
不思議と彼女の歌う曲には『僕』の一人称が多い。
また、それが良く似合う。

91396680_181.jpg

ピアノの弾き語り曲「雨だれ」でデビューしたのが1974年だから、実際には
私よりも5~10歳くらい年長者がファンの中心層だったのではないだろうかと
思うけど、当時小学生だったワタクシも可愛い丸い顔と舌っ足らずの歌声と
少し寂しげな旋律とメランコリックな歌詞にガツ~ンと来てしまった。
デビューした頃の彼女は関東ローカルで夕方に放送されていた「ぎんざNOW!」
の水曜レギュラーだったので、水曜日の放課後は友達とも遊ばすダッシュで
家まで走り戻ってテレビにかじりついていた記憶が残っている。
今考えると嫌になるほどマセたガキだなぁ・・・。

デビュー前はスクールメイツに所属し、キャンディーズの4人目のメンバーに
名前が挙がっていたという逸話が残っているので、事務所としてもアイドル
路線で売りたかったのだろうか?
「たんぽぽ」「夕焼け」など初期の頃のシングルにはそんなカラーを感じる。
今とは違いシンガーソングライターとアイドルの線引きがハッキリしていた
時代に中間的で特異なポジションを浮遊していた彼女ではあるが、それが逆に
個性となり透明感のあるキャラクターとの相乗効果も相まって熱心な固定ファン
を獲得したのではないだろうか。
「こち亀」の作者として知られる秋本治氏もそんなファンの一人で、初期の
「こち亀」には度々太田裕美が登場する。
もちろん本人の了承を得て描いたんだろうけどマセガキにとってはそんな
エピソードのひとつひとつが嬉しかった。

91396680_113.jpg

1975年12月にアルバム『心が風邪をひいた日』から「木綿のハンカチーフ」
がシングルカット。
これが、ご存知の通り大ヒットして太田裕美の代名詞となる。
こうして彼女が名実共にスター歌手の仲間入りを果たした時、マセガキは
意味も無く得意になっていたものだ・・・自分の手柄でもないのに。
曲調も、この頃から従来の歌謡曲路線とは一線を画して当時流行り始めた
ニューミュージックの路線に少しづつシフトしていったように思う。
私はその後も彼女を追いかけていたので当然覚えているが、この大ヒット曲
に続いた「赤いハイヒール」「最後の一葉」「しあわせ未満」「恋愛遊戯」などを
覚えている人は意外と少ない。
かろうじて「九月の雨」が出てくる人はいるけど、多くの人々にとって太田裕美
といえば今でも「木綿のハンカチーフ」なのである。
聴いて欲しいと思う素晴らしいな曲は他にも数多くあるので、ファンとしては
その辺りが複雑だ。

太田裕美オフィシャルサイト「水彩画の日々」




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